アフリカとの出会い63
   「カムーニャの食欲」    

アフリカンコネクション    
竹田悦子 訳


   カムーニャという男の子がいた。歳は、2歳か3歳くらいだった。お母さんの脚の後ろにぴったりとくっつき、離れないのが彼のいつものスタイルだった。カムーニャのお母さんは、義弟がお付合いしている人で、彼女の連れ子だ。愛くるしく笑う彼には、生まれたときからすでにお父さんがいなかったらしい。カンバ族の出身で、底抜けに明るいお母さんの血を引いて、彼はちゃめっけたっぷりの男の子だった。

 それに反して、義弟は家族で一番寡黙で、しゃべっている姿をあまり見たことがない。表情はいつもポーカーフェイス。そんな義弟に、カムーニャはいつもまつわり付いていた。新しいお父さんができるかもしれないことが嬉しくてたまらない様子だ。

 カムーニャは、私を見つけるといつも私の服の端っこを引っ張って、指を口の中に入れてお腹をおさえてみせる。沢山のよだれが出てきている。それが「お腹がすいている」という合図と私が知るまでそう時間はかからなかった。いつ会っても彼はお腹がすいていた。指を口に含みながら、よだれが出ているのをいつも見かねていた。そして彼に会うと、近くにある屋台で、果物やお菓子を買っては彼にあげるようになっていった。その度に、かわいい微笑を浮かべるカムーニャ。その笑顔が本当に愛おしかった。

 カムーニャのお母さんがある日、「うちの実家に遊びに来ない?」と誘ってくれた。カムーニャの生活状態が気になっていた私は出掛けて見ることにした。彼女の「実家のあるカジアド(Kajiado)という街までバスで一緒に行った。その街は、当時私が住んでいたところからモンバサ道路という幹線道路を一直線に南下していく。最終到着地は南アフリカというから果てしなくまっすぐの道路なのである。カジアドまでは、何もないサバンナをひたすらバスで走っていく。日本でも有名な牛の放牧民マサイ族の家がポツポツ点在しているのが車窓から見える。

 30分も走れば景色は何もなくなり、1時間ほど乗車していると突然現れる町、それがカジアドだ。町には、生活必需品を売る店、理髪店、金物店が数軒あるが、そこを通りすぎると家が点在しているだけで何もない。バス停から歩いてほどなく、カムーニャのお母さんの実家があった。玄関は建築中で木がむき出しになっていた。中の部屋もトタンを繋ぎ合わせただけの壁で、屋根からは光が漏れている。穴だらけなのだろう。カムーニャのお母さんは、彼を生んだ後一度実家に帰って生活していた。そんな折、私の義弟と出会い、お付合い始めたようだった。実家にはカムーニャのおばあちゃんがいて、その外にも沢山の家族がいた。しかし、男の人の姿が一人もなかったのが気になった。

 その後、食堂へ出掛けた。聞けば、カムーニャのおばあさんは、離婚後1人で、子供達を育てたが、その子供達は結婚したが、みんな離婚して子供を連れて帰ってきてしまったという。家は、まさに子供と孫の集合体だ。細々と仕事をしているが、みんなを養うのは困難という。歳にして60代くらいだと思われる顔と手はしわしわだ。彼女へずっしりとのしかかる家族の負担は、軽減することなく、小さい子供はどんどん成長する。女の人ばかりのこの家の家計は、僅かな希望さえないと嘆く。出された食事が味を感じないほど、だまって話を聞くしかなかった。ケニアではカムーニャが生まれた家庭のような働き手がいない家庭は珍しくない。農業で生計を立ててはいるが、家族全員が食べるので食事は満足にほど遠い、やっとの生活だ。

 食事の後みんなで一緒に町の中を歩いて回った。相変わらずカムーニャは、お腹がすいているのか、私にぴったりだ。私と目が合うとにっこり微笑む。家族ではない私にさえ笑顔を向ける彼の空腹の苦しみを感じた。

 小さいカムーニャが身を持って私に教えてくれたのが、空腹と渇きの苦しみだ。その彼の空腹を知っていても、それに対して何もしてあげられないのは家族の苦しみでもあった。今でも、洋服の袖を小さく引っ張る彼の小さな手を思い出すことがある。「何か食べさせなくては」と条件反射のように思ってしまう。あれから義弟とカムーニャのお母さんは結婚することはなかったので、ケニアの家族の中でカムーニャの話をすることも聞くこともない。

 彼は今12,13歳になっているはずだ。小学校には通っているんだろうか?ご飯は食べているのだろうか?その後のカムーニャのことを知りたいように思うと同時に知るのが怖いようにも思う。

 今日本に住んでいて、食卓を家族で囲む時「さあ、感謝して食べようね」と6歳になった私の息子に言う。彼の答えは決まって「今、お腹すいてないもん」だ。ケニア人の血が流れている彼ではあるが、彼の生活も食べ物への関心もケニアの子供達とは全然違う。

 「食べられること」に感謝している。そして「食べさせることが出来ること」に感謝している。ケニアから帰国し子供を持ってみて、カムーニャと関わったことが私に大きく影響しているのを感じる。



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